【まとめ】 肥満の保険診療には、厳しい条件がついている

日本では肥満と同じぐらい、低体重の問題があります。特に高齢者は、痩せないようにしっかり食べることが大切です。2024年 2月 に画期的な抗肥満薬が発売されましたが、保険診療には厳しい条件がついています。その内容と、自費診療で気をつけることもまとめました。

ポイント

  • 日本では肥満と同様にやせが問題
  • 肥満の保険診療には厳しい条件
  • 自費診療は副作用に気をつける必要がある

はじめに

日本の肥満はどこに向かうのだろうか?

今回は日本の肥満の未来について考える。

肥満は問題か?

肥満にはどのような問題があるのだろうか?

若い頃から肥満があると、特に膝に負担がかかる。年をとってから膝の軟骨がすり減ってしまい、変形性膝関節症という膝の痛み を発症しやすくなる。

肥満があると 横隔膜が押し上げられ、胸部の脂肪と合わせて肺が圧迫される。肥満の人は呼吸器の病気にかかりやすく、発症すると治りにくい。

肥満の人は気道が圧迫されて、睡眠時無呼吸症候群が起こりやすい。

また、肥満は医学的な管理でも問題がある。肥満の人が病気になって薬で治療する場合、脂肪が多いため薬の濃度が薄まっていまい、思うように効かない場合がある。

肥満には確かに健康上のリスクが有る。

肥満で心血管病は増えるのか?

欧米では肥満は心血管病を増加させる。肥満治療の最終目的は、心筋梗塞や脳梗塞を予防することにある。

日本の日常診療でも、肥満の人の心臓病がやはり多い印象がある。

2022年に発表された 久山町研究 の報告 で、日本人でも減量すると加齢による心血管病のリスクの悪化が穏やかになることが示されている。

しかし、減量そのものが心血管病を抑制することは証明されていない

日本人は肥満と心血管病の発症そのものが少なく、証明できないのである。

ウゴービ は 17,000 人 を対象にした試験で、心血管病の予防効果を証明した。しかし、同じことを日本人で証明するには、3倍 以上 の人数が必要になる。

日本人でも減量はおそらく心血管病を予防するが、その効果は多くの人が期待するほど大きいとはいえないのである。

日本人と肥満

現在、世界で肥満が減っている国はない。日本でも肥満は増加している。

世界の肥満率

出典:
Obesity - Our World in Data

東アジアは世界的に肥満が少ない地域で、ベトナムは肥満率が最も少ない国になる。

日本でも肥満はわずかずつ増えているが、他の国と比べると程度は緩やかで、既に 中国 や 韓国 に追い越されている。

世界と同じ「肥満」?

以前の記事で紹介したように、日本は特別厳しく肥満を診断している。

参考:最適な体重は年齢とともに上昇する

BMI 世界(WHO) 日本(日本肥満学会)
18.5未満 低体重 低体重
18.5~25未満 普通 普通
25~30未満 過体重 肥満
30以上 肥満 肥満

日本人の3割が肥満と紹介されることがあるが、世界の基準ではそれは正しくはない。世界では BMI 30 未満は、肥満ではなく過体重になる。

日本の肥満 = 世界の過体重 の 割合

出典:
Obesity - Our World in Data

日本の過体重は確かに 30 % に近づいているが、欧米先進国は 60 % に到達している。

3割が肥満と驚いてしまうが、世界から見るとそうではない。同じ肥満でも、日本と世界では全く違うものを比べていることを気にかける必要がある。

日本人の BMI

2019年 の 国民健康・栄養調査報告 によると、現在の日本人の 平均 BMI は、男性が 23.8、女性が 22.5 になっている。健康に最も良い BMI が 21~25程度 なので、書き手はこの分布は悪くないと考えている。

男性の年齢と BMI の分布のグラフ.png (720×1008)女性の年齢と BMI の分布のグラフ.png (720×1008)
厚生労働省 国民健康・栄養調査
 2019年版 をもとに作成

一方で、ウゴービ をはじめとした抗肥満薬の投与開始基準は BMI 27 以上 なので、その差は僅かしかない。

肥満は確かに問題がある。しかし、平均がちょうど良いところにあるということは、肥満と同じぐらい 低体重が問題の人がいる

日本は高齢化が進んである。以前に紹介した通り、最適な体重は年齢とともに増加する。高齢者にとっては痩せないことが大切になる。

メタボ健診をはじめとした肥満予防政策が、日本人の肥満を抑制したのは間違いない。

しかし、これからは特に高齢者に対して、痩せないようにしっかり食べることを呼びかけていく必要がある。

新しい 抗肥満薬 の 意味

ウゴービの保険診療には厳しい条件

2023年11月 ウゴービが承認されるのと同時に、適正使用のためのガイドラインが発表された。

最適使用ガイドライン セマグルチド

最適使用推進ガイドライン セマグルチド(遺伝子組換え)

(販売名:ウゴービ皮下注 0.25mg SD、同皮下注 0.5mg SD、同皮下注 1.0mg SD、同皮下注 1.7mg SD、同皮下注 2.4mg SD)

ガイドラインには、痩身・ダイエットを目的に使用してはならない ことが明記されている。

保険診療で ウゴービ での治療を受けるためには、医療機関が次の基準を満たしている必要がある。

医療施設の基準
医師 日本循環器学会・日本糖尿病学会・日本内分泌学会 いずれかの専門医
施設 上記いずれかの学会の教育研修施設
栄養士 常勤の管理栄養士が在籍していること
厚生労働省のガイドライン をもとに作成

2番目の教育研修施設は厳しい条件で、該当するのは大学病院か大規模な総合病院に限られる。一般のクリニックでは、処方を受けることができない。

ウゴービの処方にあたっても厳しい条件がついている。

患者の基準
処方前 6ヶ月間、食事療法・運動療法を行っても十分な効果がない
栄養指導 2ヶ月に1回以上の頻度で栄養指導を受けている
投与期間 最大68週間
中止基準 3~4ヶ月たっても十分な効果が得られなければ中止
5% 以上 体重が減少したら中止を検討
再開基準 薬剤の再開は、原則6ヶ月以上経ってから
厚生労働省のガイドライン をもとに作成

これらについて、医療機関も記録をつけることが求められているので、基準から外れた処方は受けられないと考えて良い。

総じて、ウゴービの保険診療のハードルはかなり高い

自費診療を受ける場合

理想の体型についての考え方は、人によって異なる。自費診療も、医療費を全額負担することで、受けたい医療を受ける認められた行為になる。

しかし、ウゴービ をはじめとした GLP-1製剤 は、やめるとリバウンドすることが証明されている。そして薬価も極めて高い。

また、オンラインをはじめ多くの自費診療クリニックでは、処方を受ける前に完全な免責文書に署名すると思う。

副作用については完全に自分で受け止める必要がある。

抗肥満薬の安全性を確かめた臨床試験は、平均体重が 100 kg を超える人 を対象に行われている。体重 50 kg の人が使えば薬の濃度が2倍になり、当然副作用もきつくなる。

チルゼパチド(マンジャロ・ゼップバウンド)の副作用で、BMI が 18.5未満 まで急激に痩せてしまった例が 30例以上 報告されている。そのうち 7割は日本人からの報告 になる。

参考:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構  マンジャロ審議結果報告書 Page 72

抗肥満薬は、痩せるための最終手段では無い。薬が高額であったとしても、体に合わないと感じたら迷わずに中止してほしいと思う、

また薬の作用時間が長いので、薬を中止しても完全に分解されるまで、2~4週程度かかることを知っておく必要がある。

肥満の未来

かつて、肥満は生活習慣を正して改善するべきものであるが、病気とは捉えられていなかった。2000年代の後半にメタボという言葉が登場し、半分病気の仲間入りをした。

世界では、肥満は急激に増えている。

そして、医学の進歩は新薬の開発とともにある。画期的な新薬が病気の概念を変えることは何度もあった。

ウゴービ と ゼップバウンド は、今まさに肥満の概念を変える ブロックバスター になりつつある。

新しい抗肥満薬には、高額な医療費とリバウンドという大きな罠がある。その沼に足を取られることなく、短期間必要な量だけ使用して、上手にやめることが求められている。

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