【心血管病】 女性は多くの場合、高脂血症に対して薬を飲む必要はない 丨 久山町研究
女性は、男性ほど心血管病のリスクは高くありません。リスクの低い人は高脂血症の薬を飲む必要はありません。一方でリスクの高い人は、高脂血症の薬を飲んで予防するメリットがあります。今回、どのような人が薬を飲んだほうが良いかについて紹介します。

ポイント
- 冠動脈心疾患 と 脳梗塞 の危険因子を調査
- 男性 の リスク は 女性 の 2.68 倍
- 腎臓病(タンパク尿)は 1.88 倍
- 糖尿病 は 1.56 倍
はじめに
高脂血症は薬を飲む必要があるのだろうか?
心臓病の発症率
第2回で紹介した、米国人の 冠動脈心疾患 の10年間の発症リスクは 約10.6% だった。
参考:スタチンは、米国で心臓病を 30% も減らした
一方で、日本人の冠動脈心疾患の発症リスクは、10年で 約 2.7% だった。
参考:過去50年で、日本人 の 脳卒中 は 半分以下 に減っている
米国人は日本人のおよそ 3~4倍 冠動脈心疾患 のリスクが高い。
リスクの高い人は薬を飲んで予防する
初発の病気を予防することを、一次予防という。
一次予防では、病気の危険が少ない人は薬を飲む必要はない。
それに対しリスクの高い人は、薬を飲んで予防するメリットが大きい。
今回は、どのような要因があるとリスクが高くなるのかを調べた研究を紹介する。
日本人成人におけるアテローム性動脈硬化心血管疾患のリスク予想モデルの開発と検証:久山町研究
Development and Validation of a Risk Prediction Model for Atherosclerotic Cardiovascular Disease in Japanese Adults: The Hisayama Study
Takanori Honda et al.
J Atheroscler Thromb. 2022 Mar 1; 29(3): 345–361.

Development and Validation of a Risk Prediction Model for Atherosclerotic Cardiovascular Disease in Japanese Adults: The Hisayama Study
Aim:To develop and validate a new risk prediction model for predicting the 10-year risk of atherosclerotic cardiovascular disease (ASCVD) in Japanese adults.
対象
- 久山町に在住する 40歳以上の成人 2,454人
- 心血管病歴(冠動脈心疾患や脳卒中など)の無い人
方法
- 研究期間は 1988年12月 ~ 2012年11月
- 冠動脈心疾患 と のアテローム血栓性脳梗塞 の発症を調査
- 冠動脈心疾患の定義
- 心筋梗塞
- 急性疾患発症1時間以内の心臓突然死
- 冠動脈カテーテル治療
- 心臓バイパス手術
結果
観察期間の中央値は 24年
冠動脈心疾患 216例(8.8%)、アテローム血栓性脳梗塞 62例(2.5%) 発症
参加者の特徴
特徴 | |
---|---|
年齢 | 58.2 歳 |
男性 | 41.8 % |
割合 | |
---|---|
糖尿病 | 11.8 % |
腎臓病(タンパク尿) | 5.7 % |
喫煙率 | 25.0 % |
数値 | |
---|---|
血圧 | 132.4 |
LDLコレステロール | 134.0 |
HDLコレステロール | 50.6 |
多変量解析で求めた危険因子

リスク | |
---|---|
男性(女性と比較して) | 2.68 倍 |
腎臓病(タンパク尿) | 1.88 倍 |
糖尿病 | 1.56 倍 |
喫煙 | 1.4 倍 |
運動習慣がない | 1.4 倍 |
リスク | |
---|---|
年齢(1歳上がるごとに) | 1.08 倍 |
血圧(1上がるごとに) | 1.01 倍 |
LDLコレステロール(1上がるごとに) | 1.01 倍 |
HDLコレステロール(1上がるごとに) | 0.99 倍 |
運動習慣とは、週3回以上のスポーツや他の身体活動の行っていること
危険度に応じたスコアリング
J Atheroscler Thromb. 2022 Mar 1; 29(3): 345–361.

リスク | 点数 |
---|---|
男性 | 7 点 |
腎臓病(タンパク尿) | 4 点 |
糖尿病 | 3 点 |
喫煙している | 2 点 |
運動習慣がない | 2 点 |
リスク | 点数 |
---|---|
血圧 180 以上 | 4 点 |
LDLコレステロール 160 以上 | 3 点 |
HDLコレステロール 40 未満 | 2 点 |
J Atheroscler Thromb. 2022 Mar 1; 29(3): 345–361.
先ほど求めたスコアを年齢の表に当てはめる
すると 10年以内 に 冠動脈心疾患 か アテローム血栓性脳梗塞 を発症する確率を求めることができる
緑色が 2% 未満、黄色が 2%~10%未満、赤色が 10%以上
筆者の意見
論文では前半でリスク予測モデルの開発、後半でモデルの妥当性について数学的に検証していた。
後半の数学的な検証については筆者にとっても内容が難しく、その部分は割愛した。
動脈硬化のリスク
動脈硬化は男性の方がリスクが高く、それだけで7点のスコアになっている。男性の方が圧倒的に、冠動脈心疾患 と 脳梗塞 が危ないことが分かる。
また、腎臓病と糖尿病の影響も大きい。女性でも両方を持つと男性と同じリスクになる。
定期的な運動は2点もリスクを減少させる。この効果は大きい。
10年発症率 10% 以上は、米国人に匹敵
動脈硬化性疾患の 10年発症率 10% 以上は、米国人に匹敵する。先ほどの図で赤色の領域が相当する。
赤色の領域の人は、スタチンを飲むこと勧められる。
スタチンの予防効果
スタチンは、LDLコレステロール を下げ、HDLコレステロール を上昇させる。
高用量のスタチンで、 2~3点程度 のスコアの改善が期待できる。10年発症率にすると、2~3割のリスクを低下に相当する。
スタチンの限界
このように、スタチンは有効な予防薬だが、特効薬ではない。
スタチンにより 2~3割 のリスク低減が得られたとしても、未だに心血管病のリスクが高いことに変わりはない。
血圧・禁煙・運動など、他のリスクにも目を向ける必要がある。
高血圧と高脂血症は、血圧が先!
高血圧と脂質異常症は、 どちらも心血管病のリスクになる。もし両方の管理を行う場合は、血圧を先にコントロールする必要がある。
スタチンは LDLコレステロール を低下させる。以前に紹介したように、LDLコレステロールが低いと脳出血の危険が高まる可能性がある。
参考:コレステロール は、脳出血を予防するかもしれない
十分に血圧をコントロールして脳出血のリスクを少なくしてから、スタチンを飲み始めるべきである。
何歳まで治療するか?
動脈硬化のリスクは年齢とともに上昇する。特に 70歳以上 の男性は、ほぼ例外なく高リスク群に該当する。
それでは、年齢による治療の上限はあるのだろうか?
85歳以上の高齢者は、治療の効果が確立されておらず治療は勧められていない。
一方で、75歳以上では、薬物療法の効果があったとする報告 もある。
しかし 70代 後半 の人の、10年後の病気リスクに対して一律に薬を使うのは、書き手はやり過ぎと感じる。
動脈硬化以外にも目を向ける必要があるし、何よりその人の価値観が優先されることだと思う。
女性はスタチンを飲むべきか?
女性が検診で脂質異常症だけ指摘されて、他は全く異常がない場合、心血管病のリスクは高くない。そのような場合、書き手はスタチンを飲む必要は無いと考えている。
定期的な運動にもスタチンと同じぐらい予防効果がある。日常生活に運動を取り入れるのも、良い解決方法だと思う。
一方で、腎臓病 や 糖尿病 などのリスクがある場合は、男性に準じた予防の考え方が必要になる。
スタチンの一次予防のまとめ
スタチンは米国で心臓病を大きく予防した。日本でもリスクが高い人に限っては予防効果が期待できる。
リスクには、男性・腎臓病・糖尿病・高血圧・脂質異常症 などがある。
スタチンは有効な予防薬になるが、特効薬ではない。血圧・禁煙・運動など、総合的なリスク管理が必要になる。
女性は多くの場合、スタチンを内服する必要はない。
以上が、書き手のスタチンの 一次予防 に対する考えになる。
次回から、病気の 再発予防 と LDLコレステロール の目標値について見ていくことにする。