【プリル薬】 ヘビの毒 から 生まれた 奇跡の薬 | HOPE試験

プリル薬という血圧の薬があります。プリル薬は、毒ヘビの毒素から見つかった薬ですが、今は改良されて安全に飲むことができます。プリル薬は優れた効果がありますが、咳の副作用が問題になることがあります。今日はそんなプリル薬について紹介します。

ポイント

  • プリル薬は、心筋梗塞・脳卒中・糖尿病 を予防する
  • 咳の副作用がある

はじめに

アムロジピンを上回る薬はないのだろうか?

前回まで、高血圧の薬で一番よく使われているアムロジピンを紹介した。

アムロジピンは 1980 年代 に開発された古い薬にも関わらず、現在でも一番多く使われている。

アムロジピンが登場してから 30年 以上 が経っているが、その間に アムロジピンを上回る新しい薬は開発されなかったのだろうか?

ヘビの毒

ハララカ という毒ヘビがいる。マムシと同じクサリヘビ属に属する毒ヘビで、南アメリカに 生息している。

生息数が多く、現地では最も人を殺す毒ヘビと恐れられている。

ハララカの写真.jpg (1600×1250)
出典:ハララカ - Wikipedia

ハララカに噛まれると、血圧が大きく低下する。

アンギオテンシン

1960 ~ 70 年代の研究で、ヒトの体内に アンギオテンシン という血圧を上げる物質があることが分かっていた。

アンギオテンシンは、肺にあるアンギオテンシン変換酵素(ACE)の働きで、アンギオテンシンⅠ から活性型の アンギオテンシンⅡ に変化する。

透明な女性の人体の模式図。肺だけが不透明で輝いている.jpg (1600×1600)


flowchart TB

subgraph 肺 
    A(アンギオテンシンⅠ)==アンギオテンシン変換酵素<br>(ACE)==> B(アンギオテンシンⅡ)
end

B --> C([血圧上昇])

ハララカの毒の中に、この ACE の働きをブロックする物質が含まれていることが分かった。

ハララカに噛まれると、毒の作用により アンギオテンシンⅡ を作れなくなり、血圧が低下する

毒を薬にする

ハララカの毒を調整して、薬を作る試みがはじまった。

ハララカの毒は注入毒で、飲んでも効果がない。これはある意味当前で、もし飲んで血圧が下がると、毒液の作用で毒ヘビ自体が死んでしまう。

この毒の構造を変えて、人が飲んでも効くように改良された化合物が作られた。

1975年に米国のスクイブ社(現ブリストル・マイヤーズ スクイブ社)で、初の ACE阻害薬 のカプトプリルが誕生した。

ACE阻害薬は語尾に「プリル」と名前がつくので、別名プリル薬とも呼ばれる。

プリル薬の改良

カプトプリルは 1981年 に発売された。

カプトプリルは1日3回飲む必要はあったが、その後ほかの会社から効きめが長くなるように改良された薬が発売された。

今日はその中の一つ、ラミプリルという薬を紹介する。

高リスク患者における、アンジオテンシン変換酵素阻害薬ラミプリルの心血管イベントに対する効果(HOPE 試験)

Effects of an Angiotensin-Converting–Enzyme Inhibitor, Ramipril, on Cardiovascular Events in High-Risk Patients

The Heart Outcomes Prevention Evaluation Study Investigators

N Engl J Med 2000;342:145-153

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM200001203420301
Effects of an Angiotensin-Converting–Enzyme Inhibitor, Ramipril, on Cardiovascular Events in High-Risk Patients | NEJM

Effects of an Angiotensin-Converting–Enzyme Inhibitor, Ramipril, on Cardiovascular Events in High-Risk Patients | NEJM

Angiotensin-converting–enzyme inhibitors improve the outcome among patients with left ventricular dysfunction, whether or not they have heart failure. We assessed the role of an angiotensin-convert...

背景

アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、心機能不全患者の転帰を改善させる

左室機能不全 や 心不全 のない患者における ラミプリル の効果を評価する。

対象

北米・西欧・中南米 の 267 施設

55歳以上の男女で以下の病歴がある 10,576 人

  • 冠動脈疾患
  • 脳卒中
  • 末梢血管疾患
  • 糖尿病

さらに、以下のリスク因子が少なくとも1つ存在すること

  • 高血圧
  • 総コレステロール値 の 高値
  • HDLコレステロール の 低値
  • 喫煙
  • 微量アルブミン尿

方法


flowchart TB

    A[[心血管病リスクのある 10,576 人]]
    B[ラミプリル群 4,889 人]
    C[偽薬群 4,652 人]
    D2([ラミプリル 2.5mg/day 244 人])
    D([ラミプリル 10mg/day 4,645 人])
    E([偽薬])
    F(心血管イベント)

    A-->B
    A-->C
    B-->D2
    B-->D
    C-->E
    D-->F
    D2-->F
    E-->F
論文の補足資料 をもとに作成

すべての参加者は 7 ~ 10 日間 ラミプリル 2.5mg を内服

次に 10 ~ 14 日間 偽薬 を内服

内服を守れなかった または 副作用が出た 1,035 人 を除外

ランダム に以下の群に割り付け

  • ラミプリル 10mg 4,645 人
  • ラミプリル 2.5mg 244 人
  • 偽薬 4,652 人

ラミプリル 10mg 群は次のペースで増量

  • 2.5 mg 1週間
  • 5 mg 3週間
  • それ以降10 mg

一次評価項目

心血管疾患による死亡・心筋梗塞・脳卒中 の合計

二次評価項目

総死亡、血行再建術、不安定狭心症または心不全による入院、糖尿病の合併症

その他の評価項目

狭心症の悪化、心停止、心不全、心電図変化を伴う不安定狭心症、糖尿病の新規発症

試験経過

1999年 3月、ラミプリルの有効性を示す中間解析の結果が2回連続で続いた ため、試験は途中で中止された

結果

参加者の特徴

ラミプリル群 偽薬群
女性 27.5 % 25.8 %
年齢 66 歳 66 歳
高血圧 47.6 % 46.1 %
糖尿病 38.9 % 38.0 %
心血管病の既往 79.5 % 81.4 %
論文の表 をもとに作成

参加者の背景は両群で差はなかった

内服の継続率

HOPE試験、ラミプリル 10mg の 継続率のグラフ.png (800×1120)
論文の記述 をもとに作成

ラミプリル 10mg 群 の 内服継続率は1年後 82 %、4年後 62.4 %

試験からの離脱した割合

ラミプリル群 偽薬群
試験の離脱 32.5 % 30.7 %
永久に離脱 28.9 % 27.3 %
論文の表 をもとに作成

試験からの離脱者はラミプリル群の方が多い傾向があった(手元の χ二乗検定 では有意差なし)

離脱の理由

HOPE試験、離脱の理由のグラフ.png (800×1120)
ラミプリル群 偽薬群 有意差
7.3 % 1.8 % あり
低血圧・めまい 1.9 % 1.5 % あり
臨床イベント 6.7 % 9.0 % あり
コントロールが困難な高血圧 2.3 % 3.9 % あり
論文の表 をもとに作成

ラミプリル群で、咳 ・低血圧 または めまいのために試験を離脱した参加者が多かった

死亡・心血管病の発症・コントロールが困難な高血圧による離脱は偽薬群の方が多かった

血圧

HOPE試験、収縮期血圧のグラフ.png (800×1120) HOPE試験、拡張期血圧のグラフ.png (800×1120)
ラミプリル群 偽薬群
開始時 139 / 79 139 / 79
1ヶ月後 133 / 76 137 / 78
2年後 135 / 76 138 / 78
終了時 136 / 76 139 / 77
論文の記述 をもとに作成

収縮期血圧 は ラミプリル群 で 3~5 程度 低下した

一次評価項目

HOPE試験病気の発症 及び 死亡のグラフ.png (800×1120)
ラミプリル群 偽薬群 リスク減少 有意差
心血管病による死亡 6.1 % 8.1 % -26 % あり
心筋梗塞 9.9 % 12.3 % -20 % あり
脳卒中 3.4 % 4.9 % -32 % あり
いずれか一つでも発生 14.0 % 17.8 % -22 % あり
総死亡 10.4 % 12.2 % -16 % あり
論文の表 をもとに作成

心血管病による死亡 が 26 % 減少

心筋梗塞 が 20 % 減少

脳卒中 が 22 % 減少

総死亡 が 16 % 減少

二次評価項目・その他の評価項目

HOPE試験、その他の評価項目のグラフ.png (800×1120)
ラミプリル群 偽薬群 リスク減少 有意差
血行再建術 16.0 % 18.3 % -15 % あり
心停止 0.8 % 1.3 % -38 % あり
心不全 9.0 % 11.5 % -23 % あり
狭心症の悪化 23.8 % 26.2 % -11 % あり
糖尿病の新規発症 3.6 % 5.4 % -34 % あり
糖尿病合併症 6.4 % 7.6 % -16 % あり
論文の表 をもとに作成

ラミプリル群は、血行再建術 のリスクが 15 % 減少

心停止 が 38 % 減少

心不全 が 23 % 減少

狭心症の悪化 が 38 % 減少

糖尿病の新規発症 が 14 % 減少

糖尿病の合併症 が 16 % 減少

サブグループ解析

ラミプリルの治療効果はサブグループ解析で一貫

考察

ラミプリルによる血圧の低下は小さく、治療効果の多くは ACE阻害薬 の 血圧を介さない作用 と考えられる

ラミプリルは、糖尿病の新規発症とその合併症を減少させる

結論

ラミプリルは、心血管病の高リスク患者の 死亡率、心筋梗塞、脳卒中の発症率 を低下させる

筆者の意見

心筋梗塞と脳卒中を強く予防する

ラミプリルは心筋梗塞と脳卒中を 20 % 予防する。これは アムロジピンに匹敵するか、場合によってはそれを上回る 効果がある。

さらに、プリル薬は糖尿病の発症を予防して、その合併症を減少させる。こちらはアムロジピンは無い優れた作用になる。

糖尿病の発症予防に対して大きな効果が認められているが、後日に行われた別の試験から、その効果は今回の試験で認められたほど大きくは無い というのが通説になっている。

血圧を下げる効果は弱い

プリル薬は、血圧を下げる効果はやや弱い。

今回の試験では、ラミプリルの最大投与量の 10 mg を使用している。それにも関わらず、血圧の低下は 3 ~ 5 程度に留まっている。

高血圧の人にとってこれでは効果不足で、多くの場合プリル薬に加えて他の血圧の薬を飲む必要が出てくる。

アムロジピンが、1剤でも血圧を下げる効果が強かったのとは対象的である。

咳の副作用が多い

今回の試験では、ラミプリルの1年後の内服継続率は 82 %、4年後は 62.4 % に下がっている。

1年後に2割の人が内服を継続できない というのは、かなり困った点になる。

プリル薬に特徴的な副作用が咳で、これはプリル薬の作用対象の ACE が肺に存在することによる。

ラミプリルは日本では未発売なので、別の ACE阻害薬のカプトプリル-R カプセル のインタビューフォーム を参照すると、咳の副作用の発生率は 1.7 % になっている。

1.7% は書き手の感覚よりも明らかに少ない。実際には、1~2割程度で出現する印象がある。

副作用の程度が軽ければ、内服を中止せずに続けられる場合もあるが、多くの場合は他の薬に変更する必要が出てくる。

次の薬の開発へ

プリル薬はアムロジピンに匹敵するか、場合によってはそれを上回る優れた効果があった。

一方で血圧を下げる作用はやや弱く、咳の副作用で飲み続けられないことも多かった。

次はプリル薬と同じ効果を持ち、より副作用の少ない薬の開発が進むことになる。

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