【サルタン薬】 ベテランに勝てなかった期待の新人 | ROADMAP試験
サルタン薬は、血圧の薬で2番目に多く使われています。副作用が少なく、しっかり血圧を下げる効果があります。新薬としてアムロジピンを置き換えることが期待されましたが、臨床試験で意外なことが分かってきました。今日はサルタン薬について紹介します。

ポイント
- サルタン薬は咳の副作用がない
- そのぶん薬効も少ない
- アムロジピンを置き換えることはできなかった
はじめに
アムロジピンを超える薬は、まだ出てこないのだろうか?
前回はプリル薬について紹介した。プリル薬は、部分的にアムロジピンを上回る優れた薬だったが、咳の副作用で飲み続けられないことが多かった。
今回は、次に登場したサルタン薬を紹介する。
2番目に使われている薬
サルタン薬は、今では血圧の薬でアムロジピンの次に多く使われている。
処方ランキングのトップはアムロジピンだが、2位と8位にオルメサルタン、6位と9位にテルミサルタンが入っている。
どちらも咳の副作用なく、しっかり血圧を下げる薬になる。
プリル薬とはかなり違う薬
プリル薬とサルタン薬は同じ系統に分類されることが多いが、実はかなり違った薬になる。
薬の形見ると、全く違う構造をしていることが分かる。
出典:オルメサルタンインタビューフォーム

出典:KEGG データベース
flowchart TB
subgraph 肺
A(アンギオテンシンⅠ)--アンギオテンシン変換酵素<br>(ACE)---> B(アンギオテンシンⅡ)
end
C([血圧上昇])
B -.->|サルタン薬(ARB)がブロック| C
サルタン薬は、正式にはアンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)という名前で、血圧を上げるアンギオテンシンⅡそのものの働きをブロックする。
サルタン薬は、肺の外で働くので咳の副作用がない。
糖尿病の合併症は 腎臓・神経・眼
糖尿病の三大合併症は 腎臓・神経・眼 になる。このうち腎臓については、微量アルブミン尿という検査で、早期から診断することができるようになった。
プリル薬は糖尿病の合併症を予防する効果があったので、同じ効果がサルタン薬にも期待された。
今日は、オルメサルタンという薬についての論文を紹介する。
オルメサルタンは2型糖尿病の微量アルブミン尿の出現を予防するか遅らせる
Olmesartan for the Delay or Prevention of Microalbuminuria in Type 2 Diabetes
Hermann Haller, M.D. et. al
N Engl J Med. 2011 Mar 10;364(10):907-17.

Olmesartan for the Delay or Prevention of Microalbuminuria in Type 2 Diabetes | NEJM
Microalbuminuria is an early predictor of diabetic nephropathy and premature cardiovascular disease. We investigated whether treatment with an angiotensin-receptor blocker (ARB) would delay or prev...
背景
微量アルブミン尿は、糖尿病性腎症および心血管疾患の早期予測因子
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬 (ARB) が、2 型糖尿病患者の微量アルブミン尿の発現を遅らせるか調べる
対象
- 欧州の 19カ国 の 262施設
- 18歳 ~ 75歳 の白人の2型糖尿病患者 4,449 人
- 空腹時血糖 126 以上 かつ HbA1c 6.5 % 以上
次の心血管病リスクを1つ以上持つこと
- 総コレステロール 200 以上 または スタチンの内服
- HDLコレステロール 40 未満
- 中性脂肪 150 ~ 400
- 血圧 130 / 80 以上
- BMI 28 以上
- 腹部肥満 男性 102 cm 以上 女性 88 cm 以上
- 喫煙 1日5本以上
試験開始時に微量アルブミン尿が陰性であること
- 2回の検査で、尿中アルブミンが 男性 25 mg / gCr、女性 35 mg / gCr 未満
次の対象者は除外
- 腎動脈疾患、高度腎機能障害(CrCl 30未満)、半年以内の心血管病、ARB または ACEI の使用など
方法
flowchart TB
A[[2型糖尿病患者 4,449 人]]
B[オルメサルタン群 2,232 人]
C[偽薬群 2,215 人]
D([オルメサルタン 40mg/day])
E([偽薬])
F(微量アルブミン尿の出現)
A-->B & C
B-->D
C-->E
D & E-->F
- ランダムに1:1でオルメサルタン群と偽薬群に割り付け
- オルメサルタン群は 1日1回 40mg を内服
- 血圧が 130 / 80(いずれか) 以上の場合、ARB・ACEI 以外の降圧薬を追加 または 増量
- 血圧は午前中に診療所で座位で3回測定して平均値を求めた
一次評価項目
微量アルブミン尿の出現
二次評価項目
心血管病による死亡、心血管病の発症、腎機能の悪化(eGFRまたは血清Cr)、糖尿病性網膜症
結果
- 試験期間は 2004年 10月 ~ 2009年 6月
- 追跡期間の中央値は 3.2 年
- 試験完了率は 67.7 %
参加者の特徴
オルメサルタン群 | 偽薬群 | |
---|---|---|
男性 | 47.0 % | 45.3 % |
年齢 | 57.7 歳 | 57.8 歳 |
糖尿病歴 | 6.2 年 | 6.1 年 |
冠動脈心疾患 | 25.3 % | 24.4 % |
HbA1c | 7.7 | 7.7 |
参加者の背景は両群で差はなかった
試験からの離脱

オルメサルタン群 | 偽薬群 | |
---|---|---|
離脱率 | 31.3 % | 33.3 % |
同意の撤回 | 14.3 % | 15.0 % |
アルブミン尿の出現 | 7.5 % | 8.5 % |
心筋梗塞の発症 | 0.9 % | 1.4 % |
薬剤の副作用 | 3.8 % | 4.0 % |
離脱率は両群で同程度
離脱の一番多かった理由は同意の撤回
心筋梗塞による離脱はオルメサルタン群で少ない傾向だが、有意差はなし(手元のχ二乗検定)
血圧の経過
試験開始後すぐに、オルメサルタン群で血圧が低下した
微量アルブミン尿
オルメサルタン群 | 偽薬群 | 有意差 | |
---|---|---|---|
微量アルブミン尿の出現 | 8.2 % | 9.8 % | あり |
出現までの期間(中央値) | 576 日 | 722 日 | あり |
血清Crの倍加 | 1 % | 1 % | なし |
オルメサルタンは微量アルブミン尿の出現を抑制し、出現までの期間を延長した
心血管疾患の発症

オルメサルタン群 | 偽薬群 | 有意差 | |
---|---|---|---|
心血管合併症または死亡 | 4.3 % | 4.2 % | なし |
総死亡 | 1.2 % | 0.7 % | なし |
心血管疾患による死亡 | 0.7 % | 0.1 % | あり |
心臓突然死 | 0.3 % | 0.1 % | あり |
心筋梗塞による死亡 | 0.2 % | 0 | あり |
心血管合併症と総死亡を合わせた発症率は両群で差はなかった
総死亡は有意差はないが、オルメサルタン群で多い傾向があった
心血管疾患による死亡 が オルメサルタン群 で多かった
そのうち、心臓突然死と心筋梗塞による死亡 も オルメサルタン群 で多かった
有害事象
オルメサルタン群 | 偽薬群 | 有意差 | |
---|---|---|---|
重篤な有害事象 | 15.0 % | 15.2 % | なし |
薬剤関連の有害事象 | 11.4 % | 7.5 % | あり |
内訳 | オルメサルタン群 | 偽薬群 | 有意差 |
---|---|---|---|
めまい | 4.6 % | 2.8 % | あり |
低血圧 | 2.6 % | 0.3 % | あり |
頭痛 | 4.5 % | 6.9 % | あり |
浮腫 | 2.7 % | 3.9 % | あり |
有害事象の発生数は同程度、重篤な有害事象も同等
薬剤関連の有害事象はオルメサルタン群の方が多かった
めまいと低血圧がオルメサルタン群の方が多かった
頭痛と浮腫が偽薬群の方が多かった
結論
オルメサルタンは、2型糖尿病患者の微量アルブミン尿の発現を遅らせる
オルメサルタンによる 致死的な心血管イベントの発生率が高いことは懸念 される
筆者の意見
心血管死が増える?
今回の試験は、オルメサルタン群は 検査値は良くなるが、心血管病による死亡が増える という、後味の悪い結果になっている。
心筋梗塞や脳卒中を予防するために血圧の薬を飲むのであって、薬を飲んで逆に心臓病が増えるのはいただけない。
オルメサルタンは危険?
オルメサルタンは危険な薬なのだろうか?
今回の試験では、心筋梗塞の発症は オルメサルタン群 0.9 %、偽薬群 1.4 % になっている。
有意差は無いのではっきりとは言えないが、オルメサルタンは心筋梗塞を予防する傾向にある。少なくとも増やすことはない。
問題は、オルメサルタンを飲んでいると、心臓病を発症したときに重症化しやすい点にある。
そのメカニズムについては、残念ながらはっきりと解明されていない。
従来より優れた薬?
今回の臨床試験は、オルメサルタンが従来の薬より優れた薬 という仮定のもとで行われている。
対照群は、偽薬とともに従来の血圧の薬を調整している。
つまり、オルメサルタンの害が証明されたのではなく、その効果が従来の薬に勝てなかったことを示している。
血圧は下がる
今回の試験では、グラフから読み取るとオルメサルタンを飲み始めて1ヶ月で血圧は 10 近く低下している。
この効果はプリル薬よりずっと強い。おそらく、咳の副作用が出ないので投与量を増やすことができるからと考えられる。
血圧を下げる強さは、一番多く使われているアムロジピンに匹敵する。
新薬としての期待
高血圧の薬は、飲み始めると基本的にはずっと飲み続ける必要がある。
サルタン薬は、医療界と製薬業界から売上を伸ばす新薬として大きく期待されていた。
当時の医薬品の営業はサルタン薬一色に染まっていて、書き手も連日熱心に営業を受けたことを記憶している。
2000年代 には、5,000人 ~ 10,000人 を超える大規模な臨床試験が続けて行われたが、いずれもアムロジピンを超えることはできなかった。
その中で、ディオバン(一般名:バルサルタン)という薬が、日本の臨床試験でアムロジピンを大きく上回る効果を示し、爆発的にシェアを広げて 2012年 には国内の医薬品の売上ナンバー2を記録した。

しかし、2013年に ディオバンを有利にする不正が大々的に行われた ことが明らかになり、国内で行われた5つの臨床試験の論文が撤回される という異常な事態になった。
薬についていろいろな考え方があるが、血圧は安定していることが一番大切なので、現在サルタン薬が体に合っている人は、リスクを負って変更する必要はない。
今でもアムロジピンが一番多い
サルタン薬は、期待に応えることができなかった。
サルタン薬の前に登場したプリル薬は、アムロジピンを超える可能性があった唯一の薬だったが、特許期間の関係でサルタン薬の営業が優先され、広く処方されることはなかった。
結果としてプリル薬はあまり普及せず、現在でも高血圧に対してアムロジピンが一番良く使われる薬になっている。
次回は血圧を下げすぎる問題について検討する。